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    目次

    • 1. はじめに
    • 2. 佐々木氏の文書
    • 3. 浄土真宗の肝要
    • 4. 大江和上口伝
    • 5. 石田和上の論
    • 6. 責任の転嫁
    • 7. 第1集の結論

    黎明學舎通信 第1集

    真宗学の北の砦 黎明學舎

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    発行人 北海道教区空知北組正信寺住職 西川徹真

     

    目次

     

    1 はじめに

    2 佐々木義英氏の文書

    3 浄土真宗の肝要は本典に依らねばならない

    4 大江淳誠和上口伝の〔真宗教義の大宗〕

    5 石田充之和上の「転成の意味」

    6 「惑乱」の責任を満井和上一人へ転嫁

    7 『黎明學舎通信』第1集の結論

    1、はじめに

    浄土真宗本願寺派が発行する『宗報』2025年11・12月合併号に「浄土真宗本願寺派総合研究所発行の冊子につきまして」(同号、3頁)と題する「浄土真宗本願寺派総合研究所長」という肩書きを持つ佐々木義英という人物による卑劣で未熟な文書が掲載された。

    我等が浄土真宗本願寺派の宗門が発行する公的文書故に、又その内容は正視に耐えない程卑劣故に、欺瞞に充ちた文書故に、筆者は宗門の一人の真宗学専攻者として、又一人の人間としてもこの文書に伏蔵する魔性の如き気配とただならぬ悪意を黙過する事は出来なかったのである。

    此の文書は江戸期に起きた「三業惑乱」以来と云われるこの数年間続いた本願寺派の「新しい領解文」に関わる安心問題に由る惑乱の責任を総合研究所の前所長満井秀城和上一人へ押し付けようとするものであり、此処には宗門の安心(あんじん)を司る勧学寮という名の権力的な組織構造の由々しき問題が存在している。此の勧学寮という組織の規則を改編しなければ同様の惑乱は幾度も続くであろうと考えられる。

    故に筆者は本願寺派の宗門を愛し宗学を愛する真宗学専攻者の一人として、佐々木氏が『宗報』に書いた文書の悍ましい内容を厳しく批判し、又この事実を誠意ある全国の有志へ伝えると共に未来永劫の後世の人々へも伝えることを目的として、[真宗学の北の砦 黎明學舎通信]を創刊し、先ずはこの第1集の誌面に於いて、『宗報』2025年11・12月合併号に掲載された宗門のこの公文書に対する批判を行うと共にその陰に隠れた仮面を付けた人間の悪魔的正体を暴くことにしたのである。

     

     

    2、佐々木義英氏の文書

    この文書の執筆者は、浄土真宗本願寺派総合研究所長佐々木義英という人物だ。学階「司教」とのことだが、本願寺派の司教が書く文書としては余りに貧しく恥ずかしく、本願寺派の真宗学専攻者としては全く正視に絶えない代物だ。故に先ずはこの文書の全文を此処に掲載し、この文書の未熟な誤りを指摘する所から玄(はじめ)ることにする。

    「浄土真宗本願寺派総合研究所発行の冊子につきまして2024(令和6)年1月に浄土真宗本願寺派総合研究所より発行いたしました冊子『なぜ「私の煩悩と仏のさとりは本来一つゆえ」なのか』および補完資料(以下、本冊子)につきまして、その解説の姿勢に鑑み、今後使用しないことといたしました。ここに謹んでお知らせ申しあげます。

    浄土真宗の肝要は、『歎異抄』第一条に「弥陀の誓願不思議にたすけられまゐらせて」とありますように、阿弥陀如来の五劫思惟の本願が兆載永劫の行により成就し、そこに成立する不思議のはたらきにほかなりません。そのはたらきは『仏説阿弥陀経』に「不可思議の功徳」と示されているところです。そして私たち凡夫が浄土に往生させていただく正因たる信心とは、凡夫のはからいを離れて如来の本願を疑いなく聞信するところにあります。

    しかしながら、本冊子の解説の姿勢は、はからいを離れて本願を聞信するという浄土真宗の根本的立場からではなく、救済の根拠を仏教思想史上に求めようとするものであり、それ自体がまさに凡夫のはからいです。また、多くの先学の文章を本来の文脈に即さない不適切なかたちで引用するなどの問題があり、これらの点が宗門内の混乱を助長する一因ともなりました。関係者の皆さまに対し、深くお詫び申しあげます。

    今後は、このような事態を二度と繰り返さぬよう、当研究所発行の文書に一層の注意を払い、親鸞聖人以来800年にわた って護持されてきた浄土真宗のご法義を正しく護り伝えるべく、諸分野にわたる研究に努めてまいります。何卒ご理解賜りますようお願い申しあげます。   称名

    2025(令和7)年10月10日

    浄土真宗本願寺派総合研究所長 佐々木義英」(引文、以上)

     

     

     

    3、浄土真宗の肝要は本典に依らねばならない

    この文章は総合研究所の現所長佐々木義英氏が前所長の満井秀城和上の『なぜ「私の煩悩と仏のさとりは本来一つゆえ」なのか』及び補完資料について全面否定し、今後使用しないこととしたという公的な告示をなそうとする文書である。

    しかし、この貧しい文書の背面には見るも怖ろしいばかりの悪意と謀略が実在している。一読して先ず私を驚かせたのは「浄土真宗の肝要は」と書き出し、「『歎異抄』第一条に「弥陀の誓願不思議にたすけられまゐらせて」とありますように」と書き出したところから始まる。

    我々浄土真宗本願寺派の僧侶は、一席の布教讃嘆を閉じる折に「肝要は御文章にて」と言い習わしてきた。この文書の驚きと不可解さは突然のように「浄土真宗の肝要は――」と書き出し、更に突如として『歎異抄』を持って来たところから始まる。浄土真宗の「肝要」を語るのに何故『歎異抄』なのか。今日でさえ此の書の作者についての異説が議論される『歎異抄』なのか。浄土真宗の「肝要」といえば私たちにと って長きに亘って蓮如上人が私たちに宗祖の『顯浄土眞實教行證文類』(「御本典」)の正意を和語で以て伝えて下さった蓮如上人の「御文章」の「信心正因・称名報恩」の御法義のことであり、「阿弥陀如来の御廻向に由って」「如来から賜りたる御信心」のことではなかっか。蓮如上人は御文章の御制作に当たっては宗祖の直接の御言葉である御本典に依ってこの和語の聖教「御文章」を制作されたのである。故に一席の布教を終える時、講師は「肝要は御文章にて」と述べた上で蓮如上人の「御文章」を拝読し、一座の布教や法話を結ぶ習わしなのである。故に「真宗法義の肝要」といえば即ち阿弥陀如来の第十八願の「信心正因・称名報恩」を云うのであり、佐 々木氏は何故『歎異抄』なのか。如来より賜りたる信心を語るときに何故、突然の如く『歎異抄』が出て来なければならないのか。蓮如上人がお伝え下さった「肝要の御法義」とは、宗祖親鸞聖人が御執筆下さった『顯浄土真実教行證文類』の「教文類」の「総標綱紀」が示す

    謹ンデ浄土真宗ヲ按ズルニ二種ノ廻向有リ、一者往相、二者還相ナリ。往相ノ廻向ニ就テ真実ノ教行信證有リ。

     

    とある他力廻向の「御信心」の事であり、「信心正因・称名報恩」の御法義の事ではなかったか。この「御信心」とは「教文類」の「標拳」「夫レ真実ノ教ヲ顕サバ則チ大无量寿経是也」とある「大無量寿経」上巻所説の第十八願文の「至心信楽欲生我国乃至十念」の「信楽」の事であり、下巻十八願成就文の「聞其名号信心歓喜乃至一念」の「信心歓喜」の事ではなかったのか。それを宗祖は「信文類」に「疑蓋無雑」と述べたのではなかったのか。

    宗祖親鸞聖人の説く御法義は本願大悲の教法であり、この義を相続する蓮如上人の御文章はこの義を一分たりと離れることがない事は自明であり、それを私たちは布教讃嘆の場面に於いては「浄土真宗の肝要」と云い習わしてきたのだ。

    佐々木氏の文章に「阿弥陀如来の五劫思惟の本願が兆載永劫の行により云々」とあるが、全く以て支離滅裂な文章だ。それを語るならば『歎異抄』ではなく『大経』上巻の「法蔵発願段」及び「修行段」の所説に依らなければならない。

    「不思議のはたらきにほかなりません」と佐々木氏は述べるが、それが何故、突然の如く『仏説阿弥陀経』の「不可思議功徳」なのか。『仏説阿弥陀経』は宗祖の三経観に三経一致門と三経差別門とがあり、『仏説阿弥陀経』の「不可思議功徳」をここで持ってくる意味が不明である。「不可思議功徳」についてもし語るならば『教行信証』の法義は根本的に「教文類」標挙の『大無量寿経』の法義によるべきであるから、『大無量寿経』の本義を説き示す『教行信証』に由らねばならぬのではないか。故に「不可思議功徳」を語るならば『行文類』「偈前序説」に出る「斯乃ち誓願不可思議一実真如海也」(『浄聖全』二巻59頁)の「誓願不可思議」によるべきではないか。この「誓願不可思議」の「不可思議」とは数之名故に『華厳経』「光明覺品第九」の「不可思議功徳」を承けるものであり、名号のはたらきが「尽十方無碍」の光明となって一切衆生救済のためにはたらく無碍無量無邊の相をあらわすのだ。

    この如く佐々木氏の文章は「浄土真宗の肝要」とは名告りながら『歎異抄』を以てし、淨土真宗の根本経典『大無量寿経』及び根本聖教『顯淨土眞實教行證文類』(『本典』)を依用することもなく「不可思議功徳」を語るに『阿弥陀経』を以てする等、全く支離滅裂の文章というほかはない。

    浄土真宗の根本的立場を語るならば、あくまでも宗祖の依用せられた浄土真宗の根本経典『大無量寿経』や根本聖教『本典』に依らねばならなぬ。本願寺派の総合研究現所長でかつ学階司教ならばこれくらいの教義は身に付けていて然るべきではないか。一言で云って全く恥ずかしい文書というほかは無い。

    それに対して総合研究前所長で勧学の満井秀城和上が「新しい領解文」の解説として説く『なぜ「私の煩悩と佛のさとりは本来一つゆえ」なのか』は、まさしく浄土真宗の本義に基づく勝れた解説であり、教義的な一分の誤りもない、完璧な文章なのである。是こそが宗祖親鸞聖、人の生涯の著作『教行信証』の一部六巻を貫く教義の《大宗》としてあり、これは『教行信証』の教義の根源でありつつ八百年の年月を超えてその根柢を貫く真実の教法なのである。

    「行文類」「正信念仏偈」に「証知生死即涅槃」と讃述され、曇鸞讃には「煩悩菩提体無二」とある。これらの聖句は大乗仏教の根源的で根柢的な教法でありつつ同時に浄土真宗の『本典』一部六巻の教義を貫く《大宗》なのだ。

    我等眞宗の念佛者は「功徳ノ寳海」とも謂われる「名号功徳」を如来より賜る身である。にも関わらず祖意を見失い無明の大夜をさ迷う如き人々の為にこそ、親鸞聖人の教法を学ぶ我々本願寺派の学問僧は生涯かけて将に命尽きるその日迄、聖教の研鑽を重ね、宗祖が伝えたこの「南無阿弥陀仏の名号功徳」を布教讃嘆し続けて行かねばならぬのである。

     

     

     

    4、大江淳誠和上口伝の[真宗教義の大宗]

    私は此処で「黎明學舎通信」の発行人として、自らの発言の立ち位置を明白にしておくこととする。

    私は、本願寺派の真宗学の近現代の代表的学匠である大江淳誠和上の最後の弟子西川徹真だ。私は龍谷大学を中退後、北海道の大雪山系に連なる峡谷の峠の麓の寺で稲城選恵和上の強い激励を頂きつつ五十年に亘って独学の灯を点し、聖教を日夜研鑽、大正期の本願寺派の学匠梅原真隆和上の弟子だった亡父西川證教の遺した聖典を脇にかかえて上山し、本願寺派の最高講会安居に懸席し、七年続けて会読賞を受賞した。本願寺派の学階規定に由り、その学責に由って大学も大学院も本願寺派宗学院も卒業することなく本願寺派の学階輔教を授与された独学の真宗学者である。以降、私は平成元年、後に「輔教」となる西川裕美子と結婚するや自坊を会場(合宿会場)に北辺の地の学問僧や熱意ある門徒の為に[真宗学の北の砦黎明學舎]『教行信証研究会』を主宰し自ら講師となって今日に至った西川徹真である。

    私は同賞の七回目の受賞となったその年の安居の最終日に、閉繙式を終えた安居総理大江淳誠和上より一室に呼び出された。

    和上はその時、私を見詰めながら確かに私にこう云った。「西川君、君は北海道で独学し、此処までよう頑張って呉れた。私は君に宗祖が本典で伝えた真宗の最も大切な教法を口伝しておくことにした。」そう言って続けてこう述べられたのである。

    「諸法性一切空無我の理は、あらゆる仏教の基礎的なものであって、真宗の教義はその根底にその原理を有しているのだ」「だから私の煩悩と仏の菩提は元より無二にして本来一つなのだよ」「行文類」に「海釋」が出てくるな、そこに御本典全六巻の中で唯一度のみ「従久遠已来」等と「久遠」の語が出てくるのは他ではない。「本典」に一度のみ此処に「海と言ふは」と「海釋転成」の御法が説かれているのは浄土真宗にとって最も大切な教法が「転成」の教法であることを顕しているのだ」と、和上は若き日の私の眼を見詰めながら確かにそう述べたのである。私はその時の和上の声と姿を遂に忘れることが出来無いのである。

    後年、私は偶然某仏書古書専門店で『大原先生古稀記念浄土教思想研究』(1967年永田文昌堂)を入手した時、その記念論集に大原和上と同時代の大江淳誠和上が論攷を寄稿されておられる事を知った。その論攷の中に、和上がその時私に語った言葉とほぼ同様な文言が「真宗と諸法皆空」の題下で掲載されていることを知ったのである。(同著P76)

    本典総序に「円融至徳ノ嘉号ハ悪ヲ転ジテ徳ヲ為ス正智」とあり、「信巻」現生十益中の第三徳に「転悪成善ノ益」がある。「行巻」一乗海釋に「海ト言フハ久遠従リ已來、凡聖所修ノ雑修雑善ノ川水ヲ転ジ、逆謗闡提ノ恒沙無明ノ海水ヲ転ジテ本願大悲智慧真実恒沙万徳ノ大寶海水ト成ル、是ヲ海ノ如キニ喩フル也。」とあり、

    「煩悩と菩提とその体一空無所有たるの義にあたり、海水の喩顕は煩悩を転じて菩提となす、その転成の功はひとえに阿弥陀仏の名号、また浄土の土徳に就いていうのとの所談が共にあらわされてある。」「転成転滅を語るのが《眞宗教義の大宗》であり、本典はこれを顕す。」「因の転成は行信二巻、果の転成は『證巻』と『真仏土巻』なり。」「煩悩無自性の故に菩提に転じ、罪業無体なるが故に消滅せしめられる。」「体に就いて云えば転成、用に就いて云えば転滅なり」此れ等の大江和上の言葉は、私の眼と髄脳に焼け付いて離れることは無い。

    満井秀城和上の述べられる「煩悩菩提体無二」の宝語は、大江和上が論説する本典の《真宗教義の大宗》の義を顕し転成の義趣を顕す本典の最も重要な教法を指し示す言葉である事が明らかなのである。

     

     

     

    5、石田充之和上の「転成の意味」

    又この義に就いて再度解説を加えるならば、本願寺派の傑出した真宗学者の一人石田充之和上は、「転成の意味」を明らかとして『親鸞教学の基礎的研究二』(1977年永田文昌堂)に於て次の如く述べている。

    「「行巻」の所顕によれば、転成の力である本願力他力というのは、転成の願行を具足する名号南無阿弥陀仏に外ならないのである。(同著417頁)

    同じく曇鸞讃に、「名号不思議ノ海水ハ逆謗ノ死骸モトドマラズ 衆悪ノ万川帰シヌレバ 功徳ノウシホニ一味ナリ」と嘆述される意向などその意は明らかであろう。

    かように、転成を名号本願力他力の救済活動において語り、信一念即時の救済決定の内容として説き、逆謗の極悪者の煩悩即菩提なる無上の仏果獲得の決定づけの契機において説き示す所に、親鸞特異の極めて仏教的な信仰内容の特色が盛られていることを注目させられる。(同)」

    又石田和上は「逆謗闡提の無明海水の大悲智慧真実大寶海水と転成されるのは他力の信を得せしめられる信一念即時にある」と述べられ、転成の意味を「南無阿弥陀仏の法体名号の悪人罪人一闡提等底下の凡夫衆生の為の救済活動」を意味し、「信一念即時の救済決定を行う名号大悲のはたらきを顕す」と述べられる。「転成」とは即ち名號他力に拠る阿弥陀如来の罪人悪人一闡提等の底下の凡夫を信一念に功徳大宝海と転成せしむる究極的な救済活動を意味するのである。(同著418-425頁)

     

    6、「惑乱」の責任を満井和上一人へ転嫁

    本願寺派総合研究所前所長満井秀城和上が私たちに述べられた真宗他力法義の解説には一分の誤りなき事を此処に私は、我が師大江淳誠和上の師説と共に石田和上の、阿弥陀如来の名号大悲の底下の衆生愚者・闡提・罪人・苦者救済の為の活動相であるとの論攷を上げて論証したのである。

    然るに先に挙げた総合研究所現所長の佐々木氏の文脈では、「本冊子の解説の姿勢は、はからいを離れて本願を聞信するという浄土真宗の根本的立場からではなく、救済の根拠を仏教思想史上に求めようとするものであり、それ自体がまさに凡夫のはからいです。また、多くの先学の文章を本来の文脈に即さない不適切なかたちで引用するなどの問題があり、これらの点が宗門内の混乱を助長する一因ともなりました。関係者の皆さまに対し、深くお詫び申し上げます。」等と、何と一点の誤りも無き総合研究所前所長満井秀城和上の文章や解説であるにも関わらず、満井和上に何等断りもなく勝手に総合研究所の現所長を名告る佐々木氏が、満井和上に代わって「関係者の皆さまに対し、深くお詫び」する詫び状を宗派の公的文書として発表したというのが、先に見た佐々木氏の支離滅裂で破廉恥な、そして余りに酷い文書である。満井和上個人を侮辱するこのような文書が、我々の宗門の公的文書として発表されること自体が、我々の宗門にとってあってはならない出来事であり、大きな驚きである。これによって宗門や研究機関への不審が一層深められてゆくことは間違いがない。このような文書を公的文書として『宗報』に掲載された満井和上としては、この文章に反論しなければならないと考える事は当然であり、人間として又社会人として当たり前の行為であると思われる。

    ところがである。

    「中外日報」令和8年4月24日付に「満井秀城勧学が勧学寮員を4月13日付で辞任した」というニュースを見て筆者は再度、身の毛がよだつ程に驚いた。満井氏が勧学寮の北塔寮頭から宗務員の服務規定違反で監正局に申告が為された為、満井氏は勧学寮員を辞任したとの報道を見たからである。

    此処で最後の場面となって〈北塔勧学寮頭〉という名前が浮上したことは外ではない。この問題の一番後方に居て身を隠すように無言の儘にこの日を待ち続け、今まさに最後に此処に来て宗門の公的文書への批判(反論)を公表した(「中外日報」令和8年1月7日付号)という満井氏の宗務員規定違反を取り上げ、北塔勧学寮頭自身が満井和上を監正局へ申告し、勧学寮員の資格を剥奪するという行為に出た。これは何と巧妙な手口なのかと身の毛がよだったのである。

    満井和上を散々侮辱すると共に、「新しい領解文」によって起きた本願寺派の惑乱と騒動の責任の総てを満井和上一人へ転嫁するという佐々木氏の文書の陰に隠れていた仮面をつけた人物が、遂に正体を現したという事だ。

     

    7、『黎明學舎通信』第1集の結論

    勧学寮頭は真宗学に通達した勧学だけが就任出来るというシ

    ステムへ変更しなければならない。

    勧学寮の組織的問題とは、この「新しい領解文」問題が起きた時の勧学寮頭は、徳永一道氏であり、次の寮頭は浅田恵真氏であり、三人目の勧学寮頭が北塔氏だ。偶々寮頭三人連続して仏教学専攻の勧学寮頭だった。この惑乱が起きるや徳永氏は即座に辞任し、浅田氏も辞任した。辞任と云えば言葉は良いがその責任を投げ出したということだ。今回は北塔氏である。北塔氏は巧妙に、真宗学の実力者満井秀城和上一人へ此の度の惑乱の責任を被い被せた上で満井和上を勧学寮から排除したのである。

    私は2023年11月に開催された北海道教区の「新しい領解文」学習会の会場(札幌別院)でこう発言した。「勧学と雖も仏教学専攻者では真宗安心の微妙の法理を司る勧学寮頭の職務は無理だ。勧学寮頭を務める者は、必ず真宗学に通達した勧学のみが就任するという規則へ早急に変換しなければ今回のような惑乱は何時でも起きる。仏教学専攻の勧学寮頭は、今すぐ勧学寮を去るべきである!」と。

    新しい領解文の惑乱が起きると、すぐさま上記した徳永寮頭・浅田寮頭の二人は辞任した。辞任と云っても責任を投げ出し逃げる脱兎の如き姿であったことは記憶に未だ鮮明だ。

    三人目の仏教学専攻の北塔寮頭は、本願寺派の学界への登場は、水子供養の必要性を力説する『真宗と水子供養』(1983年

    永田文昌堂)の出版だった。仏前での読経は先祖供養や水子供養ではない。そうであれば此は極めて異安心に近い読経讃嘆の取り違いではないか。

    我々の宗門は一刻も早く、満井和上を勧学寮の寮員へ復帰して頂くと共に真宗安心を司る勧学寮頭は、真宗学に通達した勧学のみが務めるという仕組みへと変換すべきであることを私は黎明學舎通信第一集の結論として此処に主張するものである。

     

     

    令和8年5月6日未明

    新城峠の麓 黎明學舎にて之を記す 

    黎明學舎代表 

    正信寺住職 西川徹真

     

    御感想等をご随意に下記へ賜りますれば幸甚に存じます。

     

    〒075-0251北海道芦別市新城町248番地

    正 信 寺 西川徹真

    電話0124-28-2030番

    ファックス0124-28-2708番

     

    ■ウェブサイトでも発信しておりますので御覧頂くことが出来ます。

    その場合は、黎明學舎教行信証研究会で御検索の上、「黎明學舎通信」を御覧下さい。

    ■別に西川徹郞公式サイト/銀河系通信ブログ版/新城峠大學/極北の詩

    人西川徹郞学会/西川徹郞ウィキペディア等で御検索下さい。

    ■西川徹郞とは西川徹真の筆名です。

    ■旭川市の市役所総合庁舎正面に「北海道唯一の詩歌文學館 西川徹郞記念文學館」(電話0166-25-8700)が建っています。

    ■開館日は 5 月~ 10 月、毎週木・金・土・日曜日・祝日、午後 1 時~ 5 時の開館ですが、都合により休館となる日も多々あります。

    来館される場合は、念の為お電話でご確認下さい。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    発行所 黎明學舎『教行信證研究会』

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    黎明學舎通信 第1集

     

    発 行 黎明學舎 〒075-0251 北海道芦別市新城町248 正信寺

    発行人 西川徹真

    領 価 1,000円

    ©️Nishikawa Tetsushin ,2026,Printed in Japan ¥1,000

     

    西川徹真 仏教関係著作一覧

     

    『北畠典生博士古稀記念出版 日本佛教文化論叢』(下巻)

    永田文昌堂 1998年 定価 21,000円

    「妙好人俳諧寺一茶と浄土真宗」 西川徹真

    「和辻哲郎の原始仏教論」 末木文美士

    「信心によるさとり」 早島鏡正 ほか

     

    『大法輪』第78巻(平成23年)第6号 大法輪閣出版 定価 800円

    「わが文学と親鸞」 西川徹真

     

    『宮沢賢治学会 会報』第48号

    宮沢賢治学会イーハトーブセンター発行 非売品

    巻頭評論「妹としの聲無き絶唱」 西川徹郎

     

    『教行信証研究』第二号 黎明学舎発行  定価 2,625円

    稲城選恵・西川徹真・西川裕美子 ほか

     

    『蓮師教学研究』第三集 光蓮寺仏教研究会編 探究社 定価 2,000円

    「三十一文字の聖教―蓮如上人の御詠歌について」 西川徹真

    稲城選恵 ほか

     

    『わが心の妙好人』 勉誠出版  定価 2,400円

    「妙好人について―夕映えの念仏者たち」 西川徹真

     

    『方丈記と鴨長明』 勉誠出版  定価 2,800円

    「念仏者鴨長明」 西川徹真

     

    『弥陀久遠義の研究』西川徹真著 茜屋書店 2011年 定価 3,000円

    黎明叢書第一

    黎明學舎 主催

    教行信証研究会の御案内

    眞宗学の北の砦 黎明學舎は、
    冥妄の時代に眞實の法燈を掲げます。

    『顯淨土眞實教行證文類』(『教行信證』)一部六巻
    を始めとした親鸞聖人の言葉は、
    あらゆる思想や哲学を超え、
    人間存在の根柢の意味を質し、
    「人は苦悩を抱えつつ如何に生きるか」、
    人生の意味を明らかとする指標です。

    講師紹介

    西川徹真(北海道教区空知北組正信寺住職)昭和22年生。黎明學舎代表。
    本願寺派近現代の代表的学匠大江淳誠和上、最後の弟子。
    著書(真宗学関連)に『彌陀久遠義の研究』(黎明叢書①茜屋書店)/『日本仏教文化論叢下巻』(共著・北畠典生博士古希記念論叢/永田文昌堂)等。
    代表的論文に「本願寺派司教請求論文 阿彌陀如來久遠実成義要訣」300枚
    西川裕美子(北海道教区空知北組正信寺坊守)昭和32年生。黎明學舎副代表。
    代表的論文に「本願寺派司教請求論文 獲得名号自然法爾の研究」300枚

    眞宗教学の北の砦黎明學舎では、
    平成元年創立開講以来、
    『教行信證』の講義講読を行っています。
    聖教の一句一字の意味を明らかとし、
    祖意を訊ね、
    佛陀の正意を明らかとして参ります。

    ※聴講希望の方は、下記の世話人か、事務局迄、
    お問い合わせ下さい。

    世話人/柴田泰成氏(剣淵町・0165-34-9100真證寺)
    事務局/西川裕美子(芦別市新城町 正信寺・0124-28-2030 黎明學舎)

    一、会 場/旭川市七条緑道西川徹郎記念文學館1F講堂
    〒070-0037旭川市七条通8丁目緑道(0166-25-8700)
    二、会 費/二千円(茶菓代)
    三、持参するもの/『教行信證』の掲載されたお聖教

    黎明學舎事務局(連絡先)
    〒075-0251北海道芦別市新城町248番地
    浄土眞宗本願寺派正信寺・黎明學舎 西川裕美子
    電話0124-28-2030/FAX0124-28-2708

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